1983年の秋、ウエールズツアーの3戦目か4戦目。
日本代表がニースというクラブとの試合に勝利したのだが、
負けたニースのメンバーがこう言っていた。
「日本代表は壮行試合でオックスフォードとケンブリッジに
負けたというけど信じられない。彼等(オックスフォードとケンブリッジ)が
相手だったら、前の晩に午前2時まで飲んでも我々が勝つ。」
→俺たちに勝った日本代表が学生相手に負けるなんて信じられない!という
台詞でした。日本代表は9月にオ大とケ大の連合チームと壮行試合をやっていたんですよね。
クラブのラグビーと大学生(20歳前後の年代)のラグビーではそれぐらいレベルが違う!というのが当時から世界の常識だったんですな。
もちろん、釜石と同志社の日本選手権に熱くなっていた当時の僕はニースの選手の発言の意味がわからなかったけど、今ならわかる。
社会人(20代から30代前半の年齢層)のチームが大学のチーム(20歳前後の)チームに勝つのは当たり前、そうでなければ世界で戦える代表チームなんて生まれないということ。
社会人対大学生という構図が成立したのは昭和というか、日本ラグビーの後進性の証明に過ぎなかったのではないのでしょうか。
現役時代よりも、現役を終えてからの期間の長いことを考えると大学卒というキャリアは選手には必須なんだろうだけど、筑波や帝京の10番がこれから3年も大学ラグビーに拘束されるのは時間の無駄だなあ。
それから、大学ラグビーが選手を大人にするという考え(藤島さんがよくとなえています)にも、先日ラグビーウィークリーで入れ替え戦を戦った後のCCWのインタビューを見てやはり同意できないと思いました。
大学時代に主将を勤めながらろくな受け答えができなかった(というかまともな日本語がしゃべれなかった)豊田が試合後の会見できちんと人前で話しができるようになっていて、人間を育てるちからも最早トップリーグの方が上だと思わされた(それでも対抗戦での帝京戦の笛を吹いた岸川レフェリーへの豊田の暴言と暴力団員と変わらない態度は僕の30年間以上のラグビーとの関わりで最悪なものの一つなことは変わりないけど)。
一度ついたスティグマはなかなかとれないけど、豊田がここからもう一度代表を目指せるか否か、個人的には心に留めておきたいと思った。